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メールマガジン OrganConcert   ( アーカイヴ/バックナンバー )



'04.01.11 メルマガ発行
'04.01.17  〃 訂正補足
'03.02.06 web版 発行


 








No.011  '04.01.11

[ド・ボルギャール]
創造的演奏を求めて/やはりオルガン音楽は進化している

前回のメルマガ発行から2か月以上経ってしまった。当初の発行目的は 「ホワイトキューブ・オルガンコンサート・シリーズ」の広報のためだったが、オルガンという楽器とオルガン音楽そのものの面白さを伝えることがさしあたって重要だと考え、そのための様々な準備を行っているのだ。

もちろんその中で、白石市から委託されているコンサートの企画と制作を優先的に実行していかないといけない。気が付くと次回のコンサートはもう1週間後に迫っている:


◆◆ 創造的演奏を求めて

アルノ・ド・ボルギャール オルガンリサイタル
2004年 1月 18日 (日) 14:00開演 (13:30会場)
ホワイトキューブ・オルガンコンサート・シリーズ No.14

1月10日朝、演奏者のド・ボルギャール氏を成田空港まで迎えに行った。コンサートまで1週間あるが、今回はリサイタルに加え録音も行うため、早めに来日してもらった。

彼は一昨年夏に招聘したばかり(シリーズ No.10)だが、実はあの時は オルガンの調子が悪くなるというアクシデントが起きた。重要な曲で演奏の中断を余儀なくされたのだ。私自身がコンサートの企画者であると同時に、そのオルガンの製作者でありまた保守責任者でもあるから、演奏者にも聴衆にもお詫びをしなければならない。

その償いという意味もあるが、アンコールの即興演奏も含め前回の演奏が素晴らしかったのが、短期間の中に再度招待することになった理由である。今回もプログラムの大部分はオーソドックスな曲目だ。ヘキモヴァの作品を除けば、バッハおよびロマン派から現代にいたるオルガン音楽の中で代表的とされる作品ばかりである。

では、ピアニストのアファナシェフが、「ド・ボルギャールのオルガン演奏を初めて聴いた時に狂気を感じた」 とはどういうことだったのか。アファナシェフは、『今日では奇妙な人々は顰蹙[ひんしゅく]を買うことが多い。(中略)芸術の本質というものは奇妙なものであって、“普通の芸術家”について語ることじたい、言葉の矛盾だ』 と述べているが、これは当然すぎるほど当たり前のことであるように思われる。

ド・ボルギャールの演奏は、たしかに一聴して奇異に聞こえることが多い。しかしこれほど本質的なオルガン演奏を聴いたことがないのも確かだ。そこには虚飾がない。彼の演奏を聴いた後では、ほとんどのオルガン演奏が“普通に”聞こえる。そういう意味でまさしく正統的な芸術であり、本物の芸術に狂気を感じない者はいない。

表面を撫でてばかりいるような演奏が多い昨今のクラシック音楽界で、こうした、内面に本質がグサリと突き刺さって来るような演奏は貴重だ。もちろん、オルガン演奏の領域ではほとんど例がない。とは言ってもこういうご時世だから、本質的な演奏を理解できる聴衆がどのくらいいるのだろうか? 何度か繰り返し聴いてやっと解るかもしれないし、直感的に理解できるものかもしれない。

この種の演奏こそCDなどで繰り返し聴くべきものだろうが、大半のレコード会社は儲かるクラシック音楽として厚化粧で粉飾された表面的な演奏しか売らないようになってきている。クラシック音楽の危機である。そういう状況のもと、今回のド・ボルギャール・リサイタルのチケットは 2,000円 (全席指定) に設定されている(学生券は1,000円)。純粋に芸術的で内容の優れたものはビジネスとして殆ど成り立たなくなってきているので、公共のサービスがこれを肩代わりすることが望まれている。そういう、いわば公共的価格というわけだ。

加えて、文化的な活動が重層的に集中している東京では却って、オルガンコンサートのような非日常的イヴェントを行うことが難しくなっているという背景がある。だから、一地方自治体がこのように水準の高いイヴェントを催し、そこへ 首都圏を含めた全国から人が集まるというような構図が、日本における今後のオルガンの在り方を示すことになるだろう。もちろん、そこで聴ける音楽が世界のトップレベルのオルガン演奏を代表するものだという前提の下で。

幸いにもホワイトキューブは、東北新幹線・白石蔵王駅から徒歩6分という恵まれた環境にあり、東京から片道2時間である。本当に優れた音楽を聴きたいという熱心なリスナーのために、白石市のような地方都市が水準の高いコンサートを行う意義があり、またその条件も整っている。そこで、首都圏からかんたんに来ていただけるよう、ホワイトキューブのオルガンコンサートは毎回、日曜日の午後2時開演という設定になっている。

チケットは安価でも、首都圏からの交通費はその十倍かかってしまう。しかしJR東日本が「土・日きっぷ」なるものを用意してくれているのがありがたい(おとな 16,000円 中高生 8,000円 こども 2,000円。なお、乗車当日は買えないので注意していただきたい。)首都圏の小学生なら、わずか 3,000円で往復でき、しかもコンサートも聴ける。

ヨーロッパまで行っても、このレベルのオルガン音楽を聴けるチャンスは極めて少ない、と考えると大人でも 18,000円で聴けることは悪い選択肢ではないと思う。また、そう考えていただけるようなコンサートの実現を目指して毎回努力している。


◆◆ やはりオルガン音楽は進化している!

さて、先日久しぶりに英国の月刊誌「グラモフォン」を買ってみた。昨年の優秀盤からの抜粋が付録CDに収められていたからだ。特定の作曲家やオルガンの録音を除くと、クラシックのCDは殆ど買わないからだ。

驚いたことに、優秀盤の8割方(のハイライトと思しき部分)は私にとって聴くに耐えないほどひどいものだった。クラシック音楽全体がここまで劣化してきていることを知って唖然とした。イギリスは世界のクラシック音楽の中心地であり、グラモフォンは、少なくともレコードの世界では英国を代表するクラシカルの雑誌だと思っていたのだが....

しかしこの発見は、私にとってはむしろ勇気づけられるものだったかもしれない。と言うのは、レコード芸術昨年9月号の記事(このメルマガ 005 & 007 参照)で主張したように、「今やクラシック音楽の演奏分野で、オルガンこそが一番面白い」ということが、たんに我々のプロパガンダでなくて、実証されるようになってきたからだ。

ところが日本では(いや、欧米でも多分そうなのだが)クラシックの関係者が、オルガン音楽の現況というものを殆ど把握できていない。実際に聴いていないのに、いや、聴いていないからこそ、オルガン音楽に対して懐疑的なのだ。だからレコード会社や旧来の評論家は権威に頼ってシーラカンスのようなオルガン音楽を薦めている。本当に良いものを売るという姿勢がない。

現在の進化したオルガン音楽の姿をはじめ、最先端の精選された情報がインタネットを通じて個人から提供されるようになりつつある現在、既存のメディアはその価値を問われている。情報を受け取る側もまた、洗練された感性と信念を持つ集団と、彷徨(さまよ)える大衆というふうに二分されつつあるように思われる。


【後記】 このメルマガでは難しい話しはしないようにと思いながら、つい癖が出てしまったかも...(^^;)。 音楽は理屈ではない。


著作・発行: 大林徳吾郎 (オルガン設計製作家・プロデューサ)
Copyright (C) 2005  無断転載禁止



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