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'03.10.23 メルマガ発行 '03.10.25 web版 発行 |
No.009 '03.10.23 オルガンとは何か?(1) 【石川県立音楽堂と新潟りゅーとぴあを訪ねて】
シリーズ ◆ オルガンとは何か?(1) 【 オルガンの化け方? --- 「オルガン文化」を考える前に ... 】 百万部以上売れているという養老孟司氏の「バカの壁」ではないけれど、パイプオルガンという楽器の周りには高い壁が築かれている。壁の中がどうなっているのか、一般の人はもちろんのこと、音楽の専門家にもよく分からない。いや壁の中のオルガン関係者でさえ、「オルガンとは何か」という問題まで考える人は少ない。そんな哲学的問題は「オルガン学者」には面白くても、大半の人々にはどうでもよいことだ。それを気にしなくてもオルガンは弾けるし、オルガン音楽を聴いて楽しむこともできる。 しかし、この哲学的問題を明らかにしない限り、皆さんはなぜオルガンに関心を持っているのか、分かっていないということになる。例えば、オルガンが「他の楽器と全く違う」点を指摘すれば、なるほどと思われるに違いない。その一つは『オルガンは1台1台が違う』ということなのだ。 建物が違えばそこに設置されているオルガンは、似ているようでも全く違うことがある。全く同じ仕様・デザインで作っても、違う製作者が作れば全く違う音がする。音楽的な(つまり楽器としての)仕様が同じでも、デザインは全く違うオルガンになることもある。いつも同じようなオルガンを作っている製作者もいるし、毎回全く異なるオルガンを作らないと気の済まない人もいる。寡作な人も多産な人もいる。とにかく、一つ一つが全く違ってくる。この可能性こそが、オルガンに他の楽器と全く異なる『文化』をもたらしたのだ。 ところで「文化」という言葉は、"culture" の訳として生まれたはずだが、少し前の(著名な出版社から出ている) 日本語辞書にはずいぶんおかしな解説が書かれている。そんなこともあって(特に私のように団塊の世代の日本人は?)「文化」と「文明」とを混同している人が多いようだ。例えば、日本では全国津々浦々の <文化>会館にも <だいたい同じような>スタインウェイなりヤマハのピアノが置いてある。しかしこれは、「文化」というよりは「文明」に関わることだ。 culture を表す日本語「文化」に「化ける」という字を使ったのは、適切だった。文化とは人間が属する集団によって行動様式が「違う」ことだと、最近の辞書には書いてある。これは納得できる。オルガンが時代により、国や地域により、あるいはまた製作する人により、違う。「化ける」ということ、それが『オルガン文化』なのだ。そこが、ピアノや他の楽器と大きく違う。 日本ではせいぜい千数百台しかないが、地上にはその何百倍かの「パイプオルガン」がある。だからその「化け方」もほぼ無数にあると言ってよい。 すっかり前置きが長くなってしまったが、以下は 7月2日付のメールマガジン
No.004
「今が旬のオルガン音楽:1 【6年ぶりのカルロ・カーリー Part 1】」
の続きで"も"ある。このレポートの中で、オルガンの「化け方」について観察してみよう。
3月3日に飛騨高山で、そしてその6日後に宮城県の白石でコンサートを行うという日程の合間を利用して、カーリー と私はこの数年間にオープンした「オルガンのあるコンサートホール」をいくつか見てまわることにした。日本海岸には、金沢に石川県立音楽堂が、また新潟にはリュートピアがある。この2つを訪れてオルガンを見学させてもらいたいということの他にも、強いて言えば目的があった。 ちょうどそのひと月半前、草野厚氏の例の著書「癒しの楽器〜パイプオルガンと政治」が出版されたところで、白石市でオルガンコンサートの企画を任されている筆者としては、各地のホールでオルガンがどのように活用されているのか気になっていたからだ。もともとリスナーとしてこの楽器に関心を持つ者として、また、オルガン製作者として「コンサートオルガン」の在り方について長年考えてきたのだから、この機会にいろいろなホールのスタッフの方々とオルガンの活用について意見を交わすことは無駄ではないはずだ。 長年ヨーロッパで過ごしたというのはほとんど言い訳にならないが、私は日本海側の都市を一つも知らなかった。それだけの理由だけでも、金沢と新潟を訪れるというチョイスは悪いものではなかった。他に選択肢がなかったとは言え、この2個所のホールを相前後して見学できたことは、結果として極めて有意義なものとなった。なぜならばこの2つのオルガンは、あらゆる意味で対照的なものだからだ。 オルガン、またオルガン製作を文化・風土として捉える上で、これほど興味深いことはない。「文化」とは「化ける」こと、つまり「多様性」なのだから...。
石川県立音楽堂は、エントランス側のファサードにも表れているように、マッシヴなフレームの中に設(しつら)えられた重厚な建物である。表面的には全く違うのだが、何かしら私は 18・19世紀ヨーロッパ的な雰囲気を感じてしまう。それと呼応するかのように、このオルガンは、濃厚にドイツのロマン派様式を意識して設計された楽器だという点が実に興味深い。 ロマン派というのは、19世紀のクラシック音楽を支配した大きな流れだが、その特徴は個人の主観的な感情の表出にある。だから、作曲の様式や、音色における特定の傾向が楽器に要求されているとか、そういった特徴は有るようで無い。要するにその辺は、同じロマン派でも作曲家によって大きく違う。それでも、ダイナミクス、つまり音の強弱による表現が重要になったことなどはロマン派音楽の大きな特徴だ。 30年前、かなりネオ・バロック(註1)な NHKホールのオルガンを作った同じ会社の楽器だが、金沢のオルガンからまず感じることは、人が変われば生まれるオルガンも全く変わると言うことだ。(いや、同じ人が手がけても毎回全く異なることがあるとも初めに述べたが...。) 因みに、このオルガンの演奏台周りには石川県の伝統工芸である輪島塗りが採り入れられ、扉部分には桜と楓の図柄が描かれている。また、広げた扇子の形を表現したオルガンケースの意匠(デザイン)は、ホール全体との調和を保ちながら適切なアクセントを添えている。 ■ 石川県立音楽堂 [ISHIKAWA ONGAKUDO] (金沢市) ◆ ホール: シューボックス型 { 註 A, B } 1560席 ホール面積 6971m2 残響時間 1.8〜2.2秒(満席時) ● オルガン: ドイツ カール・シュッケ社 製作 69ストップ 4段手鍵盤+足鍵盤 69ストップ、パイプ数=5143本 ドイツ・ロマン派 様式 オルガンの詳細 2時間近くも試奏させてもらったカーリーは、このオルガンが格別に気に入ったようだった。特に、マックス・レーガーなどドイツ・ロマン派オルガン音楽の演奏には理想的だと言う。オルガン設計製作者の意図したものは、十分に達成されていると言えるだろう。ところが客席後部で聴いてみると、ややメリハリのない音で微妙なニュアンスはあまり聞こえてこないように感じる。そういえば、同じようにシューボックスタイプで、世界で最高の音響効果をもつとされるあのウィーン楽友協会ホールのオルガンも話題に上ったことがない。 同じロマン派様式のオルガンであっても金沢の響きは白石のものよりももう少しソリッドで腰が据わっている。これは、オルガンの違いというよりは、部屋の壁面の材質や構造によるものだと思われる。これは、建物そのものが与える印象とも一致していることが興味深い。ライヴ演奏を前提とする限り、こういったシューボックスタイプのホールにロマン派様式のオルガンは適していないのかもしれない(註2)。けれども、録音のための演奏ならマイクのセッティングでそういった欠点を解消できる可能性が十分にある。そう言えばカーリーは、今直ぐにでも金沢で録音したいというようなことを言っていた...。 以前このメールマガジンで述べたように、演奏家の好み、オルガンの個性、リスナーの嗜好、これらを一致させることは簡単ではない。 あるオルガンが、リスナーの観点から優れている、つまり音が良いということと、演奏家から見て良い楽器だということとは両立しない、と以前述べた (バックナンバー #002)。だから、ある楽器について、今言ったような評価の違いがあることはごくありふれたことなのだ。けれども最終的に、楽器の評価は演奏を通して行われなければ意味がない。特にコンサートホールのオルガンはコンサートのためのものなのだから。 そういった意味でカーリーは、その強い個性と万全の技巧でこういった難しい問題をまとめ、広い聴衆へ訴える音楽を創ることのできる、稀な器量を持ったオルガン演奏家の一人と言えよう。オルガニストにとって好ましい楽器なら、優れた演奏が生まれる可能性が大きい。たぶんそれが、本当に優れた楽器なのかもしれない。 文化に関する基本的な定義の一つに、「異なる文化の間に優劣の差はない」というのものがある。往年の名ピアニスト、シュナーベルは「良いピアノや悪いピアノがあるわけではない。良いピアニストと悪いピアニストがいるだけだ」という意味の言葉を残している。たとえオルガンとピアノが決定的に違ったとしても、楽器と演奏家という関係において、シュナーベルの言葉はオルガンとオルガニストにも当てはまるだろう。弘法は筆を選ばないのである。
長谷川逸子氏の設計になるりゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)は、戦後の北欧、特にデンマークの現代建築に親しんできた筆者にとっては親近感を覚えるものだ。北欧のモダンデザインが標榜した機能的な美しさに加え、目に触れる身近な部分のテクスチャや色に、女性らしいきめ細かさ・センスの良さ・自然さを感じ、とても居心地が良い。建物の中をいかにあしらうかという点において特に、そういった心地よさは冬の長い北欧諸国で最大限に追求されてきた。りゅーとぴあの音楽ホールも同じ精神的土壌の上にあると言えるだろう。 その一つの表れとして、このホールは 2000人近い収容人員にも拘わらず驚くほどコンパクトに感じることを指摘できるだろう。それは半ば物理的で、半ば感覚的な要因によるものだ。(東京の大方のホールでなぜそれを感じないのか、考えてみると面白い。) このオルガンを製作したグレンツィングはドイツ人だが、30年以上前にバルセロナ近郊に移住し、現在では、スペインで最も活躍しているオルガンビルダー(製作家)である。オルガンケース(外観)の意匠は工房外の建築家に任せ、彼自身はもっぱら楽器としての機能であるオルガン内部の設計製作に専念している。 りゅーとぴあのオルガン、ほぼ全面的にバロック様式の仕様による古典的な楽器だと言える。そもそもスペインにはロマン派オルガン音楽の伝統は殆ど無い。19世紀以降、オルガンは教会内で殆ど使われなくなっていたからだ。 ■ りゅーとぴあ (新潟市民芸術文化会館)◆ ホール: ワインヤード(アリーナ)型 { 註 A, B } 1,884席 (最大2,000人収容) 残響時間 2.2秒(空席時) ● オルガン: スペイン グレンツィング社製 4段手鍵盤+足鍵盤 69ストップ パイプ数=4843本 オルガンの詳細 このオルガンは、私は個人的にたいへん気に入ったものだが、カーリーは相当に不満の様子だ。仕様や機能に、ロマン派的要素がほとんど無いことは判っていたので、彼の反応は予想していたことだった。彼は基本的に古典(18世紀以前の音楽) の様式に従って演奏する音楽家ではないからだ。 しかしもっと重要なことは、(そしてそれこそがカーリーと私の感覚的な違いに関わることだが、)部屋の音響も含めたオルガンの響きである。要するに、このオルガンと部屋は、途方もなく直截ストレートな音のする楽器であり空間なのだ。教会的であいまいな響きとは全く無縁。この物理的な爽快感はちょっと類例がない。ステージと客席が近くなるアリーナ形ホールの特長が最大限に生かされたオルガンだとも言えよう。 ところが、そのようなストレートな響きは、ロマン派音楽の主観的表現とは相容れないことが多い。曖昧さがないため、演奏者も聴き手も「想像力に委ねる」余地が少なくなるからだ。また、このような楽器は演奏者によっては慣れるまでに時間を要することも多い。この響きは 30年ほど前にグレンツィングが南仏トゥルーズの教会で手がけたオルガンから一貫したものだろう。そういうことが理解された上で新潟への導入が決まったとは思えないが、結果は何れにせよ、非常に個性的で優れた楽器だと言えよう。 表面的には古典的な楽器だが、音の作り方自身は非常にモダンなもので、そういった意味では、古典的な手法で作られていながら極めて新しい音のする楽器だ。ただ、そういった個性がコンサートホールの楽器としてどの程度有益かと言えば、それはまた別の問題だろう。ロマン派はもちろん、その延長線上にある多くの作品の演奏にとってはかなり違和感のあるものだろうし、強烈に演奏者や作品を選ぶオルガンだという気がする。 多くの古典的なオルガンは、演奏者が能動的に楽器を支配するというよりも、楽器自身が演奏(者)を支配する割合が高いと言える。そういう意味では、モダンな音ではあっても、これは明らかに古典的なオルガンなのだ。 ただ、妙な言い方だが、楽器の音そのものに魅力があると、良い演奏を聴こうという聴き手の熱意が殺がれてしまうような気がする。そう言えば、「良い楽器と良い演奏は両立しない」と繰り返し述べたが、すべて「古典的なオルガン」における経験だったように思う。 自分が設計し、整音(註3) も手がけたオルガンについては、自分で客観的な判断を下すことは難しい。ある程度整音に通じているビルダーなら、少なくとも個々のパイプの音を聴いてどこがどうなっているのか判断できなくてはいけない。たんに技術の良し悪しだけでなく、その技術を駆使してどのように音質を変えることができるのかが解っていなければ、芸術的に意味のある楽器は作れない。だから、自分が関わっていないオルガンについては、かなり的確な評価を下すこと ... 技術的な問題を客観的に判断できることはもちろん、楽器製作上の美学上の問題点などもある程度までは相対的に指摘すること ... ができるわけである。
著作・発行: 大林徳吾郎 (オルガン設計製作家・プロデューサ) [OrganConcert] のホームページ: http://organconcert.info/mm/
http://pipeorgan.jp/ パイプオルガンと音楽 バックナンバー 目次 |
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