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'03.07.02 初版 '03.07.10 改訂 |
No.004 '03.07.02 今が旬のオルガン音楽:1 【6年ぶりのカルロ・カーリー Part 1】
◆今が旬のオルガン音楽:1 【6年ぶりのカルロ・カーリー Part 1】 もう20年以上前、デンマークに住んでいた時のことだ。教会オルガニストの間では、あるアメリカのオルガン奏者の話で持ち切りだった。カルロ・カーリーという聞きなれない名前なのだが、彼に対する意見は概して否定的なものが多かった。しかしそれがいっそう私の好奇心を煽った。やがてある教会で彼に会わせてもらうことになった。 カーリーは当初、クラシック音楽界の頂点に君臨するマネージメントであるコロンビア・アーチストの専属として名を連ね、ニューヨークを拠点に活動していた。ロンドンでデビューして間もなく訪れたデンマークが気に入り、私と同様、この小国に落ち着いたようだった。 第一印象は ... さる高名な音楽家から聞いて以来何度も確かめてきた「オルガンの名手は小男」という原理がもろくも崩れ去ったことだ。とにかくカーリーは、身長も体重も途方もなく大きい。にもかかわらずその演奏テクニックたるや今までに出会ったいかなる世界的奏者をも凌駕していた。レコードなどで知名度の高いオルガニストは多いが、楽器を扱う能力という点で彼にかなう者はまずいないだろうと思えた。 その直後一時帰国してNHKを訪れた私は、当時の音楽部チーフ・ディレクターの小口達夫氏(現 水戸室内管弦楽団総楽団長)から誰か面白いオルガニストはいないかと訊かれて、即座にカーリーを紹介したのだった。こうして翌年には、カーリーの初来日が実現した。総合テレビでオルガンのリサイタルというものが放送されたのも、その時が初めてだったようだ。 カーリーのオフィシャル・サイト(英語) http://carlo.com/ 今年3月9日、私が企画している「ホワイトキューブ・オルガンコンサート」に出演するため、カーリーは6年ぶり11回目の来日を果たした。 カルロ・カーリー オルガンコンサート @ ホワイトキューブ この白石市での演奏に先駆け 3月3日には、私が20年前製作に携わったオルガンが設置されている、宗教団体「崇教真光」の本拠地 高山市の大ホールでも、一般市民向けのコンサートを演ってもらった。 このホールは公称収容人員 7500名で、オルガンが設置されている空間としては日本最大のものだ。(オルガンがあるホールとしての形状と規模は、ソルトレークシティーにあるモルモン教の大ホール(タバーナクル)に似ている。観光地として知られる高山も、近くにはオルガンを聴けるような場所はない。雪混じりの天候にもかかわらず3000名の聴衆が集まり盛況だった。 崇教真光大拝殿 (完成予想図) http://jubal.jp/work/tkrend.jpg 久しぶりに聴くカーリーの演奏は、表現の濃厚さと演奏の求心力という点で著しい進境を示していた。個人的な印象を述べるならば、高山のコンサートでは意外にもバッハの前奏曲とフーガ(イ短調 BWV 543)がとても良かった。昨今の古楽系演奏家からは聴けない、見事な構成力を持つ演奏だった。一方白石ではエルガーのソナタの緩徐楽章を始め、ロマン派作品の演奏に驚かされた。 彼の身に何が起こったのか? カーリーは昨年8月、50歳の誕生日を迎えていた。前回の来日は6年前。大男だと言ったけれども、あいかわらず体重は私の3倍。それを支えるための食事が質・量ともにどれほど充実していたかは、敢えてここでは述べないことにしよう。そういえばかつて日本で、演奏直前に痛風の発作に襲われ、慌てて私が医者へ連れていったこともあった。そして2年前にはとうとう、訪問地スウェーデンで練習中に、鼻から出血して急遽病院にかつぎ込まれたのだと言う。その時彼は、もしそのままの生活を続ければいつ死んでもおかしくない状況だ、と宣告されてしまったのだ。 今年3月、久しぶりにカーリーの姿を見て、以前の巨漢ぶりを間近に知っていた者はみな驚いた。なんと彼は、まるまる私の体重に匹敵するほどの減量を果たしていたのだから...。 およそ芸術家は齢を重ねるに従い成熟することを期待されている。歳とともに円熟するコンサートオルガニストこそ、本物の芸術的演奏家だと言えよう。残念ながら、ほとんどのオルガニストは、20代、30代をピークに演奏家として下り逆に転じる。本物の演奏家は50を越えてからが勝負かもしれないのに、そこまで到達するオルガニストは稀である。 カルロ・カーリー氏に聞く (インタビュー) 残念ながら、今の音楽産業界は、優れた音楽家には見向きもしない。カーリーはと言えば、英国の名門レーベル、デッカとの契約が切れてもう十年、商業的録音は行っていない。 クラシック音楽産業が芸術性を切り捨ててしまった現在、真っ先にリストラされたのは実力派のベテラン演奏家たちだ。3年前に白石で演奏したオルガニスト、ジェイン・パーカー=スミスの場合は、気の毒というだけでは済まぬ悲劇を本人の口から聞いた。それについてはいずれ話すことにしよう。 カーリーを筆頭に現在世界的に活躍する何人かのコンサートオルガニストは、オルガン演奏史上未踏の境地に達しているはずなのだ。「はず」というのは、宗教がらみで保守的なオルガン世界では一般的にそういう認識がないからだ。もともと演奏に個性や芸術性が強く求められていないのだ。 録音に残された20世紀前半のオルガニスト ... シュヴァイツァーはともかく、ヴィドール、デュプレ、ラミン ... 等々といった人たちの演奏をいろいろ聴いてみた。はっきり判るのは、少なくともドイツ・フランスの「名」オルガニストは同時代のピアニストや器楽奏者と同じ水準には達していないということだ。もともと彼らはコンサート専門のオルガニストではないのだが...。 つまり 他の楽器と比較して、オルガンにおける演奏の「進化」は驚くほど緩慢なのだ。正確には演奏というよりも作品解釈と言うべきかもしれない。(オルガンには即興演奏という切り札があるからだ。) ドイツやフランスなど大陸諸国では、オルガンはあくまでも教会の楽器に留まり、コンサート楽器として発達することがなかったという事情もある。 前回(#003)、コンサートオルガニストのパイオニア的存在として活躍したエドウィン・ルメアについて話したが、オルガンの演奏が発達し、コンサート楽器としてのオルガンが進化し、『聴衆が成熟した』のは、19世紀末から1930年頃までのイギリス、そしてアメリカが舞台だった。 ルメアが世を去って70年、いま何人かのコンサートオルガニストが活躍している。相変わらず彼らは教会や教育とは無縁であっても、保守的なオルガンの世界で、その存在は少しずつ認められるようになってきている。彼らの演奏を聴くとき、私たちはオルガン演奏の最前線にいることを実感する。 オルガン音楽は、演奏に関する限り「今が旬」なのだ。
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