オルガンといえば、思い起こすのはまずバッハ、といっても言い過ぎではないだろう。バッハを弾いたことのないオルガニストはまずいないくらい、バッハはオルガン音楽の主要な位置を占める作曲家である。実際、ドイツのオルガン演奏会では、プログラムにバッハの文字があるとないとではお客さんの入りがだいぶ違うという話である。ほぼ生涯を通じて教会音楽家として過ごした大バッハは、稀に見る素晴らしいオルガン奏者として同時代の人々を感嘆させ、数多くのオルガン作品を残している。
この幻想曲とフーガト短調は、数多いバッハの傑作のうちでも特に有名な作品のひとつである。成立については謎も多く、1720年ハンブルク・ヤコビ教会のオルガニスト志願の際に即興されたとか、フーガのみが先に作曲され、別々に書かれた幻想曲といつしか一緒に弾かれるようになった、など諸説あるが、それらを裏づける決定的な証拠はないようである。
幻想曲は、独奏とその伴奏が奏でるA部、副鍵盤で弾かれるフゲッタB部とが交互に出てくる形式で書かれている。19世紀に(バッハよりも100年のち)流行した“エンハーモニック転調”(異名同音を使っての近親調でない調への転調)とよばれる技法による、当時の人々にはもちろん、われわれの耳にも斬新でドラマテイックに響く新しい和声がこの“幻想曲ト短調”の大きな特徴である。続くフーガは軽快な跳躍音程の主題で情熱的な性格を見せ、最後まで聴く人の注意をそらせない仕上がりとなっている。
| 第4番 | 変ホ長調 | Es dur Innig |
| 第5番 | ロ短調 | h moll Nicht zu schnell |
| 第6番 | ロ長調 | H dur Adagio |
ロマン派の時代には、音楽を音楽以外のものと結びつける表現、たとえば標題音楽など、型にはまらない自由なものを求めつづけてきた作曲家たちが多いが、中でもシューマンは自分自身で文筆にも携わり、幻想的表現を追及した音楽家である。ピアニストを志して練習熱心なあまり、指を訓練する機械を発明して、結局それにより手の故障を招き、ピアニストになる夢を断念したという逸話は有名であるが、そのため彼の作品の中ではピアノのためのものが数も多い。
J.S.バッハを敬愛したシューマンは、1845年、集中的に対位法の研究に没頭する。この「カノン形式による6つの練習曲」はその成果のひとつである。ペダルフリューゲル(オルガンのように足鍵盤の付いているピアノ)という楽器のために作曲された作品であるが、シューマン自身がこの楽器をオルガン演奏の練習のために使っていたことから、オルガンによっても頻繁に演奏されている。6曲ともシューマンらしいキャラクターピース(性格的小品)で、第4番Innig(心をこめて)は16部音符の刻まれる伴奏の上にゆったりと歌われるカノン、第5番Nicht zu schnell (速過ぎず)はスケルツォ風なカノン、第6番Adagioは静かで感動的なカノンである。
ウイーン古典派(クラシック)と呼ばれるハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの時代にはキリスト教会はすっかり力をなくし、音楽史の中でオルガンという楽器の存在感は希薄になっていく。モーツァルトは1791年、その短い生涯の終わりの年に3つのオルガン曲を書き残している。といっても、いわゆる時計仕掛けの自動オルガン(大がかりなオルゴール)のためのもので、これを二本の手、二本の足しか持たない生身の人間が演奏するとなると、演奏技巧上いろいろと難しい点が生じる。
モーツァルトといえば、明るく透明なポジテイフな音楽を思い出すが、この作品は短調、それも悲劇的な印象をもつへ短調(中間部は変イ長調)で書かれている。フランス序曲ふうな開始部、フーガ、そして夢のように穏やかな中間部と変化に富んだ経過を見せて再現部に至り、迫力あふれるコーダで曲を締めくくる。
そのタイトルの通り、焔がいろいろな形を取りながら変容していく印象の作品である。A,B,A'の三部構成からなる。提示部Allegro moltoでは、マニュアルが奏でる三連音符の無窮動の動きの下に、ペダルで5度と4度音程を組み合わせたメロデイーが静かに徐々に上昇し、それと同時に、この作品特有の手法で音量も増していく。その後、三連音符の動きはペダルに移されたり、手鍵盤に戻ったりしながら、主に七度音程の組み合わせによるストレッタを経てクラスターにて爆発寸前までエネルギー上昇。突然音量が減り、静かでリリカルなインストルメンタリストの合奏である中間部Adagio(temopo rubato)が始まる。バスのソロで始まり、やがて途中からトリオになり、徐々にクレッシェンドして、発展された再現部にいたる。第一部と同様の手法で描かれる焔は、最後に派手やかな炸裂となって終わる。ヴィルトゥオーソ的で演奏効果が高いのみならず、音程とリズムが理性的に組み合わされた、また音色の変化にも工夫を凝らされたインテリジェントな作品でもある。1996年国際武蔵野市オルガンコンクール委嘱課題作品。
ベルギーのリエージュで、ドイツ‐フラマン系の両親の子供として生まれたフランクは、11歳で演奏会を始めるほどの神童であったが、作曲家としてその才能を認められたのは晩年になってからであった。その後のフランス音楽界に多大なる影響を与えた作曲家である。1858年、フランクはパリ、サント・クロチルド教会の首席オルガニストに就任する。この教会には稀代のオルガン建造家カヴァイエ・コルが製作した交響的な(シンフォニックな)響きを持つ傑作オルガンがあり、フランクをして「私の楽器はオーケストラだ」と言わしめたこの楽器が、数々のオルガン作品の傑作を生み出される決定的な要因となった。1890年5月、交通事故に遭ったフランクはそれでも作曲を続け、9月までにコラール3曲を書き終え、11月に世を去った。そのため、“3曲のコラール”はフランクの音楽遺書とよばれている。コラールというタイトルについては、作品の持つ性格から来ており、既存の典礼の聖歌をベースにしたバッハなどのコラール作品とは異種のものである。「バッハのしたように、死ぬ前にオルガンコラールを書くつもりだ。しかし、バッハとはまたまったく違う方法で。」と死の一年前に弟子の一人に言い残している。
このコラール第一番は、変奏曲の書法で作曲されている。しみじみと明るく、希望に満ち、ほかの二曲と対比を成している。
第ニ次世界大戦中、惜しくも29歳の若さで世を去ったフランス人作曲家アランは、フランク以来の伝統を踏襲していた当時のフランスオルガン音楽とはまったく一線を画する独自なオルガン作品を残している。多くは小品で、長三和音と短三和音を交互に連続させてみたり、同時にこの二つの和音を鳴らしてみたり、増三和音を多用してみたり、変拍子を使ってみたり、その作風はイマジネーションとアイデイアに富んでいる。この『空中庭園』は静かで幻想的・神秘的な小曲である。以下は、曲頭に書かれたアランの言葉である。"空中庭園、それは芸術家が永遠に追い求め憧れつづける理念、何者にも侵されない安息の場"
| I楽章 | 序奏とアレグロ | Introduction et Allegro |
| III楽章 | スケルツォ | Scherzo |
| V楽章 | 終曲 | Final |
ルイ・ヴィエルヌはフランスに今なお残るオルガン演奏芸術の礎をなした作曲家である。幾度かの手術により多少の光を得たものの、ほとんど盲目の状態で一生を過ごし、パリ・ノートルダム教会のオルガニストという、オルガニストとして最高のプレステイージュを得ながらも、肉親との早くの死別や妻との離別、パリ音楽院内における派閥争いに巻き込まれての辞職、怪我や病気などに悩まされた波乱と暗い影に満ちた生涯を送る。ノートルダム教会のオルガン演奏台上で演奏会の最中に倒れ逝くという、その最期は哀しくも劇的であった。
「オルガン・シンフォニー」というジャンルは、彼の師であった前述のフランクやヴィドール達が先鞭をつけたもので、当時のオルガン建造と密接なかかわりを持ちながら生みだされた。その「オルガン・シンフォニー」を頂点に導いたヴィエルヌは、全部で6曲のシンフォニーを残している。7番目のシンフォニーは構想に着手されたものの残念ながら形を成すまでに至らなかった。ヴィエルヌ60歳の夏、コートダジュールの避暑地マントンで作曲されたこの6番シンフォニーは、その3年前のアメリカ演奏旅行で知り合ったニューヨークのオルガニスト、L.ファーナムの死を悼んで書かれ、彼に献呈されている。ひとつあるいは複数の主題のどちらかあるいは両方をどの楽章にも登場させる(この第6シンフォニーにおいては二つの主題)いわゆる「循環形式」によって、この30分を超える大曲は見事な内容的統一を得ている。
第1楽章 序奏とアレグロ ロ短調 (Introduction et Allegro)
海の波のうねりを連想させる主題1の断片で序奏が開始され、まもなく重々しい和音の連続の上声に主題2が現れる。序奏から昂揚して、主題1が決然と(Risoluto)足鍵盤で演奏され、さらに手鍵盤で繰り返されていく。主題2を少し舞曲風にアレンジしたリズミカルな動きを経て、展開部に至り、そこでは両方の主題に加えて、寄せくる波のようなカノン、さざなみのようなトレモロなどがさながら脇役よろしく登場する。再現部のあと、短いながら輝かしいコーダをもって第一楽章の幕を閉じる。
第3楽章 スケルツォ ト短調 (Scherzo)
多分に皮肉をふくんだスケルツォ(諧謔、おどけた、の意)。増三和音、不協和音と跳ぶようなリズムとがあいまって(実際に奏者の手は複数の鍵盤の間を「跳ぶ」)、独特の雰囲気を醸し出している。ここでは主題1がはっきりと浮き出されている。
第5楽章 終曲 ロ長調 (Final)
明るく祝祭的なフィナーレである。華やかに終曲のファンファーレがテインパニとともに会堂を充たすと、トゥッテイで特徴的なリズムが奏で始められる。中間部で新しい、これもとてもヴィエルヌらしい旋律が提示され、のちに主題1とからみ合わされる。シンフォニーオルガンの「交響」の可能性を最大限に駆使しつつ、技巧的にも申し分なく名人的な要素を発揮しながら、誇らかに大シンフォニーの最後を締めくくる。